中国の研究者は、柔軟なFPGAベースの計測器 Moku:Lab を使用して、
ダイオードレーザーを光周波数コム(OFC)にロックし、精密な距離測定を実現しています。
2024年7月19日
光周波数コム(OFC:Optical Frequency Combs)は、正確な周波数や距離の測定に不可欠なツールとなっており、
LiDAR、マイクロ ・ ナノデバイスの3D表面形状測定、重力波検出などに活用されています。
光周波数コムによる代表的な測定には、光の飛行時間測定法(TOF:Time of Flight)があり、
レーザーパルスが対象物に反射して、検出器に戻るまでの時間から、物体までの距離を算出します。
この測定は一見シンプルに見えますが、高速かつ高精度に行うことは非常に難しく、
通常は、速度か精度のどちらかを、妥協せざるを得ません。
そこで、中国の西安光学精密機械研究所(XIOPM)と、華中科技大学(HUST)の研究者たちは、
2つの光周波数コムを使用することで、精度と速度のバランスを最適化する新手法を開発しました。
この研究には、オールインワンのレーザーロックソリューションとして、
Moku:Labの「レーザーロックボックス」が使われており、測定精度を大幅に向上させています。
課題
距離測定の精度を制限する要因には、レーザーの周波数安定性や計測システムの時間分解能があります。
これらの課題に対処する有力な手段の1つが「光周波数コム」です。
光周波数コムは極めて安定した繰返し周波数で、超短パルス(フェムト秒パルス)を発生させます。
図1に示す通り、この繰返し周波数は光周波数コムの『スペクトル分解能』、
すなわち『周波数領域における「櫛の歯」の間隔』を決定づける、重要なパラメータです。
距離測定では、2つの光周波数コムを組み合わせる「デュアルコム方式」が良く用いられます。
このとき、わずかに異なる繰返し周波数をもつ光周波数コムを、局部発振器(LO:Local Oscillator)として使用することで、
スペクトル分解能はΔf(2つの光周波数コムの繰返し周波数の差)にまで減少させることができます(図1d)。
ただし、デュアル光周波数コムシステムの安定性は高精度な距離測定に役立つ一方で、繰返し周波数が低いため、
レーザーパルスの間隔が長くなり(図1a)、LiDARシステムがターゲットの情報を更新する頻度、
すなわち「更新レート」が制限されてしまいます。
図1:様々な種類のデュアルコム光源の干渉特性。
ファイバーコムとマイクロコムには、それぞれ長所と短所がある。
[1]より転載。
この問題に対する1つの有望な解決策として、「マイクロリング共振器(MRR:Micro Ring Resonator)」、
または「カー周波数コム(Kerr frequency comb)」を、光周波数コムとして使用する手法があります。
中国のXIOPMとHUSTの研究チームは、従来の光周波数コムとマイクロリング共振器、
それぞれの長所を融合した、「デュアル周波数コム(DFC)方式」を開発しました。
この方式により、高い測定精度を維持しつつ、更新レートを大幅に向上させることに成功しています。
解決策
マイクロリング共振器は通常、基板上に微細加工された小型構造であり、ポンプレーザーによって駆動されることで周波数コムを出力します。
マイクロリング共振器は非常に高い繰返し周波数を実現できる(図1b)一方で、
その繰返し周波数のばらつきや光周波数の不安定性が問題となり、長時間にわたる距離測定の精度を制限してしまいます。
これに対して、XIOPMとHUSTの研究チームが提案したのは、
ファイバーコムとマイクロリング共振器を組み合わせた「デュアル周波数コム(DFC)セットアップ」です(図2参照)。
図2:XIOPMのDFC測距実験の概略図。
ここではMoku:Labが Servo として描かれている。
[1]より転載。
このセットアップでは、変調されたダイオードレーザー光(ECDL)が、マイクロリング共振器の励起光源として使用され、
マイクロリング共振器からの出力は、光ファイバー増幅器(EDFA)を通して測定対象に照射されます。
ここでファイバーコムは、復調用の安定した局部発振器としての役割を果たすだけでなく、ポンプレーザーのロック基準信号も提供します。
Moku:Lab のレーザーロックボックス(図 2 では「Servo」として示されている)は、内蔵のPIDコントローラーを使って、レーザーにフィードバックを提供します。
これにより、励起レーザーと超安定なファイバーコムとの間のエラー信号を監視し、閉ループ制御を実行します。
結果として、励起レーザーの安定性が大幅に向上し、マイクロリング共振器からの出力信号の安定性も向上します。
XIOPMの博士課程学生で、この論文の主執筆者の一人であるZhichuang Wang氏は、
DFCのセットアップ精度を高める上で、レーザーロックボックスが大いに役立ったと語ります。
「他社製のサーボも試しましたが、性能は十分ではありませんでした。
Mokuを約1年半使っています。レーザーロックボックスは機能が統合されていて、とても使いやすいですね。。
外部ミキサーは不要で、PIDコントローラーも内蔵されているところが気に入っています。」
結果
XIOPMとHUSTの研究チームは、ハイブリッドDFCシステム用いることで、
マイクロリング共振器の高い繰り返し周波数と、ファイバーコムの高い安定性、両方を活用することに成功しました。
このシステムの性能評価として、深さの異なる溝が刻まれた高速回転ディスクを撮像対象とする実験を行い、
その結果を市販の座標測定機(CMM)と比較して、図3f に示しています。
図3:文献1の測定結果。
(e)はDFCセットアップのアラン偏差測定結果、(f)は溝付きディスクの測距実験結果。
[1]より転載。
ポンプレーザーのロックによって安定性が向上した結果、DFCセットアップの測定精度は、
平均化時間 4.136 µs で 3.572 µm、平均化時間 827.2 µs で 432 nm に達することを確認しました。
マイクロリング共振器とファイバーコムの繰り返し率の差が大きいため、
従来のデュアルファイバーコム方式と比較すると、測定速度は約 200 倍に向上しました。
研究チームのDFCセットアップは、超高精度かつ高速更新レートを維持しながら、動的制御も備えた超安定距離測定ソリューションです。
サブミクロン精度のLiDARセンサーとして、製造業や加工分野など、精度と俊敏性が求められる用途において、応用できる可能性を秘めています。
今回の実験は終了しましたが、Wang 氏は、Moku:Labの他の機能も今後の研究に活用していきたいと話してくれました。
「今後は、位相ノイズの特性評価に『フェーズメーター』を、
アラン偏差測定の周波数カウンターとして、『タイム & 周波数アナライザー』 を使う予定です!」
参考文献
[1] Z. Wang, J. Zhi, H. Wu, B. E. Little, S. T. Chu, J. Zhang, Z. Lu, C. Shao, W. Wang, and W. Zhang.
“Rapid and precise distance measurement with hybrid comb lasers,“ (2024).