FRET用にフィルターセットを最適化するには

FRET(Forster Resonance Energy Transfer;蛍光共鳴エネルギー移動)は近接した蛍光物質のペアを使用して起こる現象で、分子、蛋白質-蛋白質相互作用において空間的、時間的にどれだけ近接しているかとその特性を定義します。このエネルギー移動はドナーとなる第一蛍光物質の発光エネルギーがアクセプタとなる第二蛍光物質へと非発光で移動し、第二発光を発生させます。この時ドナー蛍光は抑えられアクセプタ蛍光が増加します。

生物学的にこのエネルギー移動が起こるには、細胞が分子間距離を測定すると1-10nm以下となるような状態に なっていなければなりません。使用する蛍光物質はスペクトルが効果的なエネルギー移動を起すのに十分な大きさのオーバーラップを持っていることが必要です。ただしオーバーラップはドナーとアクセプタの発光スペクトルから定義できるスペクトラルブリードスルー(spectral bleed through;SBT)をもたらしてしまうため、FRET測定の問題ともなり得るので注意が必要です。

FRETを使いやすくより幅広いアプリケーションで使用してもらうために、SBTの補正技術の開発は不可欠です。ソフトウエア開発、蛍光寿命イメージング(fluorescence lifetime imaging;FLIM)補正、フォトブリーチング技術を含むSBTの補正技術は現在かなり進んでおり、FRETの有効性をさらに改善するほどまでの領域に達しています。同様に単一光子、2光子(多光子)、コンフォーカル、TIRFのような顕微鏡の技術もFRET実験の簡易化と有効化のために大きく貢献しています。

このアプリケーションノートでは、FRETの物理学的、生物学的観点とそれを取り囲むハードウエア構成を考察した上で、最適な蛍光物質のペアと画像取得、差異比較、FRET測定に必要な光学フィルターの選定についてまとめました。

フィルター&顕微鏡の構成

FRET実験に必要なフィルターコンポーネントは決して飛びぬけて特殊なものではありません。他の蛍光顕微鏡のアプリケーションと同様、ドナーの蛍光物質を励起するエキサイタとドナー&アクセプタ両方の発光エネルギーからドナー発光を分離するダイクロイックミラーが必要です。他の蛍光顕微鏡のアプリケーションと異なる点はエミッタが2枚必要になります。1つはアクセプタ蛍光物質、FRET発光用、もう1つはドナー蛍光物質用で単一ブリードスルーを補正する目的です。ある特定のフィルタを選ぶという点では、同じ別々のフィルターでもセットでも、その蛍光物質が合致すればFRETでも、他の単色エピ蛍光のアプリケーションでも使用できます。

フィルター選択でより重要なのはFRET実験で使用する顕微鏡ハードウエアの物理的な構成をよく理解するということです。問題は時間や画像レジストレーションのような実験での変動でおこります。FRET研究で理想のセットアップはすべての研究者にとって可能ではなかったり、また予算にあうものではないかもしれませんが、少なくとも考えられるハードウエアとフィルタセットーの構成についての長所と短所を理解することがとても重要です。

1. マルチビュー方式

重要な空間的時間的特性を持つ分子、蛋白質-蛋白質相互作用を観察、測定するために最も理想的なのは、ドナーとアクセプターの発光エネルギーを同時観察できるセットアップです。これには分割スクリーン上でサンプルの同時観察ができるデバイスが必要です。このようなマルチビュー用アクセサリーは検出器の前、顕微鏡にマウントされ、そのユニットにはドナーとアクセプタの発光を二つの画像に分離するためのフィルターが入っています。

FRET観察をこの方法で行う場合、二つの重要な変動、「時間」と「レジストレーション」は除去されます。適切にアライメントされたユニットでは、ドナーとアクセプタの画像化の時間は同時で、画像レジストレーションは一致し、サンプルビューの重複画像を提供します。二つの画像の唯一の違いは、1つはアクセプタ発光用エミッタを使用するのに対し、もう1つはドナー発光用エミッタを使って画像取得される点です。

2. エミッタ用ホイール方式

マルチビュー用アクセサリーがない場合、次に考えられるのは自動エミッタホイールです。この方式では、ドナー用エキサイタとダイクロイックミラーが入ったフィルターキューブ/ホルダを顕微鏡内に設置します。ドナーとアクセプタ蛍光物質用の各エミッタは高速に切り替えができるエミッタホイール内に順にマウントされます。

このハードウエア構成でドナーとアクセプタ発光エネルギーの時間差収集は、最新のフィルターホイールとカメラ検出器技術を使えばわずか40-75msecの遅延(製造メーカーとモデルによります)でおこなうことができます。正細胞イメージング中の試料の時間的変化や機器の動きによって生じるレジストレーションシフトは、ほぼ無視できる程度とはいえ実験結果の分析の際には考慮すべきです。

3. 個別フィルターキューブ方式

マルチビュー用アクセサリーまたはエミッタホイールなしの場合、FRETの三番目の方式、フィルターキューブをドナーとアクセプタ蛍光両方に使う方式に頼ることになります。この方式では各キューブがエキサイタ、ダイクロイックミラー、エミッタを持ちますが、両フィルターセットのエキサイタとダイクロイックミラーは全く同じ性能でなければならないことと、フィルターは通常ドナー蛍光物質と一緒に使用するということを念頭に入れておく必要があります。

この第三番目の方式でドナーとアクセプタ蛍光を区別して収集することはできますが、前述した画像レジストレーションと時間の変動の影響をかなり受けます。

最新の顕微鏡の多くは古いモデルとは異なり自動タレットを標準機能として持っているため、このような顕微鏡を使えば時間の変動はかなり最少化することができます。そしてキューブの公差内にフィルターをアライメントすれば、他の二つの方式よりもレジストレーションエラーに関しては余裕を持たせることができます。この第三方式に本来備わる時間と分解能の変動については、FRETのような空間、時間的に感度の高いテクニックを使用する場合は特に重点を置いて注意しなければなりません。

蛍光物質のペア(FRETペア)

CFP/YFPのようなFRETペアが科学文献に頻出し最新のFRET研究の成功の基礎をもたらしましたが、ミドリイシ・シアン(Midoriishi Cyan)やクサビラ・オレンジ(Kusabira Orange)のような新しい単体蛍光蛋白質もFRET研究のために開発されてきています。精製手順、レシオ補正技術、FRETに最適な顕微鏡のアプリケーションなどがこのような蛍光物質の開発を強く後押ししています。

基本的なレベルでFRETペアが成功するかどうかはその光学特性に注目します。まず選択的なドナーの刺激に対し励起スペクトルが十分に分離していることが必要です。第二にドナーの発光とアクセプタの励起の間に十分なエネルギー遷移が行なわれるための十分なオーバーラップ(>30%)がなければなりません。第三は各蛍光物質の蛍光を独立して収集できるようドナーとアクセプタの発光スペクトルが十分に離れていることです。

新しい蛍光蛋白質の開発はこれらの基準に合うかどうかに注目し、様々な蛋白質と生物分子を結合して新しい色と蛍光物質をつくり出します。最新の開発については下記のリンクと文献をご参照ください。

FRETフィルターセット

このカタログにある製品は、FRETペアとして使用される最も一般 的なものから最近開発され注目を集めているFRETペアまで網羅 されています。チャート付きでリストされているFRETペアはエミッタホイール方式で使いやすいフィルターセットです。このセットにはドナー蛍光物質用のエキサイタとダイクロイックミラー、ドナ ーとアクセプタ蛍光試薬用のエミッタから構成されます。ドナー用、アクセプタ用のフィルターセットのモデル番号もそれぞれリストしてありますので、ハードウエアのセットアップ構成によって個別のフィルタを購入することも可能です。個別でフィルタを購入される場合は、アクセプター用フィルターセットのエキサイタとダイクロイックミラーは使用しないでください。

FRET用フィルターをご注文する際には、ハードウエアの詳細、関連するマウントの情報などを必ずお知らせください。

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